猫ぽん堂(猫と社会学)猫に囲まれて働く日常

「猫ぽん堂」は、多摩の里山のふもとにある職場です。 沢山の猫さんに囲まれて働いています。 その日常の記録を、ちょっと変わった視点の社会学とともにお伝えします。

カテゴリ: とらにゃん闘病記

とらにゃんが亡くなった2日後の11月17日、私たちは家族4人で動物の火葬場にいました。ここに来るのはチャッピーのとき以来、二度目です。猫に限らずペットを飼う限り別れは避けられないことですが、やはりそのときは辛いです。でもそれは人でも同じであり、私たちは出会 ...

夏が過ぎて秋になりました。とらにゃんの容体は一進一退しながらも確実に少しずつ衰えていきます。ウンチもオシッコも自分ではできず、食欲があることだけが救いでしたが、さすがにその食欲にも陰りがみえます。もう硬い固形餌は受け付けません。スープをスプーンで少しずつ ...

暮れに危機を迎えたとらにゃんですが、奇跡的に持ち直して春を迎えることができました。でも桜の花が咲き始めた頃のことです。この頃から、「ギャウゥー」というような低い声で鳴くようになりました。今まで聞いたことのないような低い声です。「どこか苦しいんだろうか・・ ...

とらにゃんが発作を起こしてから5年半が過ぎ、動けなくなってから1年半が過ぎました。その頃の私は仕事が忙しくて出張が多く奥さんに負担がかかっていました。その上、私の父が田舎で亡くなり、その2ヶ月後には母が亡くなります。母は猫ぽん堂から車で40分ほどの所にあ ...

首から下が全く動かせなくなってしまったとらにゃんですが、特に痛いところはないようで表情を見る限りは元気でした。動けないのに元気なんて、と思うかも知れませんが、もう、寝ているのに慣れてしまうと、それが当たり前になってしまいます。人間だって同じでしょう。「今 ...

食事のことですが、とらにゃんは食欲はありました。それも普通の固形餌をちゃんと食べます。以前に亡くなったチャッピーのときは、猫餌を食べなくて困りました。どんないい猫餌よりも人間の食べる物を欲しがって・・・その点では助かりましたが、内蔵が元気だったのでしょう ...

とらにゃんが立ち上がれなくなって最初の頃は足を動かすことはできました。だから、トイレは抱え上げてさせていました。ちょうど小さな子どもにさせるようにしてです。もう長くもたないんじゃないか、という心配はひとまず回避できました。その点ではホッとしながらも、私た ...

最初の頃は、とらにゃんの症状はもっと早く進むことを覚悟していました。それで、割りと安定していることに少しホッとしていたことも事実です。でも、この頃になって、私は違う不安に襲われていました。実は、私の知り合いに筋萎縮症(ALS)の方がいます。発症する以前は本当 ...

さて、父親の介護のため実家のある新潟に帰っていた奥さんがやっと帰って来ました。猫ぽん堂を離れてから2ヶ月が経っていました。奥さんが帰ってきたときの猫さんたちの反応はちょっと意外でした。何か、よそよそしくて、様子を窺うような・・・まあ、好きな人に裏切られた ...

最初にとらにゃんが倒れてから、私たちは病状が悪化しないように気をつけていました。それでも、少しずつ病状が進んでいくのを食い止めることはできなかったのです。その間に、以前にも書きましたが悲しい出来事がありました。それはあまりにも突然で、私たちにとって思いも ...

考えてみれば、とらにゃんは猫ぽん堂の猫さんたちの中ではひ弱な方でした。5月4日に生まれたのですが、それから二ヶ月も経たない6月27日に大変な目にあってしまいます。数日前から食が細くなり私たちも心配していたのですが、この日突然ぐったりするとまるで死にそうな ...

とらにゃんの具合は急に変わることはありませんでした。そして、暮れの忙しさが過ぎて年が明けました。お正月のの~んびりとした日々はいつにも増して猫さんたちとの交流が密になります。私たちは改めてとらにゃんの状態を良く観察しました。少しずつでしたが、日常生活や体 ...

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