今日(11/23)は一葉忌です。
明治の女流作家、樋口一葉が亡くなった日ですね。

そう言えば先日、ドイツ在住の多和田葉子氏の『The Emissary (献灯使)』が全米図書賞の翻訳部門を受賞し話題になりました。
全米図書賞は米国における最も権威のある文学賞の一つです。

この賞の翻訳部門は過去に日本人の作品が4度受賞しています。
1971年、『山の音 (The Sound of The Mountain)』川端康成、エドワード・サイデンステッカー訳。
1974年、『とはずがたり (The Confessions of Lady Nijo)』後深草院二条、カレン・ブラゼル訳。
1982年、『In the Shade of Spring Leaves』樋口一葉、ロバート・ダンリー訳
1983年、『万葉集 (The Ten Thousand Leaves)』イアン・レヴィー訳。
です。

一葉の作品集が受賞しているのは嬉しいですね。
それにしても、『In the Shade of Spring Leaves』という題名は一葉の人生をよく表していると思います。

一葉翻訳

瑞々しい春の葉が夏には青々と繁り、秋に紅葉して散っていく、そういう穏やかな時を重ねることなく一葉は人生を終えてしまったのですものね。
日本語にすれば、『春の紅葉』とでもなるのでしょうか。
悲しいけれど、何だか素敵な響きです。

Amazon で英文の作品解説を読むと、
「現代日本の初の女性作家、樋口一葉は1872年に生まれ、24歳で亡くなりました。彼女は短い人生の中で詩、エッセイ、短編小説、そして膨大な量の日記を残しました。この本は、日記からの抜粋による彼女の伝記と、9つの代表的な小説をロバート・ダンリーが翻訳したものです」
となっています。

一葉の作品が海外でも親しまれていることには嬉しいとともに驚きもあります。
一葉の文語体は現代の私たちにとっても難しいですからね。
子供さんたちは当然、現代語訳で読まないと原文のままでは理解しがたいでしょう。

ほんの百年ちょっと前の作品なのに、書き言葉としての日本語の変転の大きさにはため息が出ます。
でも、日本語の中に脈々と繋がっている美しさを感じてほっとします。

話は変わりますが、私の知人には中国の方が何人かいます。
彼らは私が杜甫や李白の詩を知っていると言うと心から驚きます。
下手な字で紙に書いて見せると、
「お前は中国文学を専攻していたのか?」
と信じられないような眼差しで私を見つめます。
「こんなの、日本人なら誰でも知ってるよ」
と笑って見せると、
「嘘でしょう。そんな馬鹿なことがあるわけない」
と決して信じません。
グラスを傾けながら時間をかけて、我が国の教育にある『漢文』という科目のことを説明して、やっと頷いてくれます。
でも、その表情はまだ半信半疑のままです。

確かにこれは凄いことなのかも知れません。
考えてみると、私は高校の頃、漢文や古文の授業が退屈でした。
なんでこんなもの覚えなきゃならんのだ、とただテストのための最低限の勉強しかしませんでした。
大部分の高校生はそういうものでしょう。
特に男の子はね。

でも、無理矢理でもいくつかの知識を覚えさせることが役立つこともあるのだなあ、と今では感じています。
中国は驚くほど新しいものを求める国です。
彼らが惜しげもなく古い物を捨て去ることには驚きを禁じ得ません。

悠久の歴史を持つ中国の人たちが我が国の古都に押しかけて歴史を感じ喜んでいるのを見ると、まるでギャグのように思えてしまいます。
でも、それが現実なのですよね。
我が国に今でも残る、古きを残し新しきを求める民族性は本当に素晴らしいと思います。
だって何でも無くすことは簡単です。
それどころか、そう考えなくても、気づいたときには無くなっていたりするものです。

一葉というと、桐一葉(きりひとは)という言葉が浮かびます。
青桐は他の木々に比べて早く落葉するので、それを見て秋が来たことに気づくという意味です。

「一葉落ちて天下の秋を知る」

これは、淮南子(えなんじ:前漢時代の哲学書)にある有名な一節です。
小さな前触れによって衰亡のきざしを察することの意です。



桐一葉 日当たりながら 落ちにけり       虚子


時代が大きく変転する明治に、きらりと輝きながら散っていった一葉。
はらり、きらりと日を受けて落ちる一枚の木の葉のようです。

音立てて 坂道たどる 一葉忌


(一葉が下駄をはいて幾度も辿ったであろう本郷の坂道)
坂道

美しいものには儚いものが多いですね。