「人間っていうのは、欲望と意志のあいだで針を極端に振ることしかできない、できそこないのメーターなんだよ。ほどほどができない。鳩にだって意志はあるもの。意志なんて、単に脊椎動物が実装しやすい性質だったから、いまだに脳みそに居座っているだけよ」
「そして、人間の意志ってのは、常識的に思いがちなひとつの存在、これだと決断を下すなにかひとつの塊、要するにタマシイとかその類似物じゃなく、そうやって侃々諤々の論争を繰り広げている全体、プロセス、つまり会議そのものを指すんだ。意志ってのは、ひとつのまとまった存在じゃなく、多くの欲求がわめいている状態なんだ。人間ってのは、自分が本来はバラバラな断片の集まりだってことをすかっと忘却して、「わたし」だなんてあたかもひとつの個体であるかのように言い張っている。おめでたい生き物なのさ」
これは夭逝の作家、伊藤計劃の名作『ハーモニー』の中の一節です。
人間の意志というものの本質を良く表しています。
わたしは仕事の関係でAI(人工知能)と人間の思考の違いについて大きな関心を持っています。
そして、それを具体的に気づかされるのが仕事で接することが多い株式取引と趣味の将棋です。
株と将棋じゃあまり接点がないようですが、そうでもありません。
なぜこの二つかと言うと、株式市場とプロ将棋の現場には日常的にAIやコンピュータソフトが大きく関わっており既になくてはならない存在だからです。
また、それを日常的に観察できる仕組みがわたしたちに提供されているからです。
まず、株式市場を見てみましょう。
世界の株式市場は既にAIによる取引が席巻しており、市場が乱高下を繰り返すのはそのためです。
AIによって売買の判断は微妙に異なりますが、当然似たような判断になります。
その結果、同じ方向に一斉に売買が行われることになり株価は大きく動くことになります。
人間の売買の判断はそう簡単にはいきません。
簡単というのは取引の結果ではなく、決定を下すのが簡単ではないという意味です。
経済学には心理学的に観察された事実を数学モデルに取り入れる「行動経済学」という分野があります。
その行動経済学の代表的な理論として「プロスペクト理論」が良く知られています。
1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱しました。
カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
このプロスペクト理論の元になった実験がとても面白いので紹介しておきます。
この実験は「一つだけの質問による心理学(psychology of single questions)」と呼ばれる有名なものです。
質問は二つの選択肢があり人はどちらを選ぶかという簡単なものです。
1.コインを投げ、表が出たら200万円がもらえる。裏が出たら何ももらえない。
2.100万円が無条件で手に入る。
この質問の回答は、圧倒的に2を選ぶ人が多いのです。
まあ、そうでしょうね。わたしだってそうします。
ただ、これが1万円の設定なら変わりますけどね。
ところが、この質問に、あなたが今200万円の負債を抱えているという条件を与えた場合、ほとんどの人が1を選択するという結果が得られています。
この二つの質問における数学的な期待値は同じです。
でも人間の選択は片寄ってしまいます。
これはなぜでしょう。
プロスペクト理論では「損失回避性」という用語で説明しています。
簡単に言うと「人は得することよりも、優先的に損失を回避しようとする」ということです。
これは確かに理解できますね。
誰だって損するのは嫌ですからね。
実はこれこそが株式投資で人間が絶対にAIに勝てない理由の一つです。
人間は持ち株が上がったとき利益確定を急ぎます。
まあ、売らなきゃ儲けが確定できませんからね。
でも、持ち株が下がったときはどうでしょう。
なかなか人間は損切り(ロスカット)できません。
損失が確定してしまいますからね。
「きっと直ぐに戻すに違いない」とか「また、上がるまで待とう」とか考えてしまいます。
AIは違います。
AIは売買の履歴には関心がありません。
常に現状だけを考えて、この後、上がる可能性が高いか、下がる可能性が高いかしか考えません。
だから冷静というか冷徹な売買ができます。
でも、これは人間には無理です。
人間の心は歴史と思い出でできています。
だから人間の心からは買ったときの価格が離れません。
せめて買った価格まで戻すのを待とうなんて考えてしまうのです。
人間はできる限り負けを認めたくないのです。
それがさらなる負けを呼ぶことを薄々と気づきながらもね。
だから、わたしは特に高齢者の株取引はお勧めしません。
次に将棋を見てみましょう。
AIと人間の思考を考える場として将棋に注目しているのは、
ネットによるプロ将棋の放映で、コンピュータによる「評価点」が表示されるからです。
以前ではプロ棋士による解説だけが局面の形勢判断のための頼りでした。
でも、今では局面の形勢判断はこの評価点により分かります。
自分のPCで局面をソフトに打ち込みながら将棋番組を観ていると良く理解できます。
(AIの発展に貢献した人間とロボットの将棋、今ではもう意味がありません)
そして、解説のプロ棋士とAIの判断が異なることも良くあることです。
稀にですが、人間には理解不能な評価点が示されることもあります。
AIがどう判断しているのか、評価点の判断根拠は人間に分からないので理解不能です。
重要なことは、評価点とは次にAIが推奨する手が指されたときの評点です。
だから、それと異なる手が指されたときは評価点が変わります。
そして人間は、例え天才と言われるプロ棋士でもAIの推奨手ばかりを指すことは不可能です。
ここが人間の面白いところです。
先ほどの損失回避性がものをいうのです。
将棋の解説には、
「打った駒の顔が立った」とか「打ったからには行くしかない」とかいう言葉がよく出ます。
これは、以前に指した手との一貫性が求められているわけです。
実に人間的な思考です。
AIは現局面だけを見て次の指し手を考えますが、人間は指し手を一連の流れとして捉えるのです。
もちろん、AIも将来の指し手は何手も考えています。
ただそのとき、過去は一切考慮しません。
人間は違います。
どうしても過去の束縛から逃れることはできないのです。
だから「たとえ負けてもこの一手」などという言葉が成立するのです。
将棋ファンなら誰でも理解できることです。
本当は負けちゃダメなんですけどね。
昨年で終わりましたが、コンピュータ将棋同士の対戦で「電王戦」というものがありました。
はっきり言って、見ていて面白いと感じたことはありません。
互いに負けない手ばかりを指すからです。
それは全く呆れるほどの泥仕合になり何百手も差し手が続くことが普通です。
強いということと、面白いということが全く別物だということが良く理解できます。
人間には美学があり、自分が間違っていたことを、できる限り認めたくないのです。
変な例を挙げますが、
結婚詐欺に遭った方のことを、周りで「なんであんな嘘が分からなかったの」と揶揄する場合があります。
でもね。
人は沢山貸してしまったお金を諦めたくないのです。
だって嘘だと認めてしまったら損失が確定してしまいます。
だから、何となく疑いが生じても、それを無理にでも打ち消して、嘘でないと信じたいのです。
そして、さらに貸してしまう。
つまり、詐欺師は人間の持つ損失回避性を狡猾に利用しているのです。
わたしたちは自分の心は一つで常に自分自身の意志で決定を下していると思っています。
でも、それは大きな間違いです。
わたしたちの心や体は複雑なものです。
そして全く解明されていません。
ただ、何となく分かっているのは、沢山の意志の議論の結果としてあなたの意志が決まっているということです。
あなたは一人ではないのです。(表現が変だけど・・・)
マンガの中で、悪魔や天使が心の中で戦い合う場面が描かれることがありますよね。
まさにそんな感じです。
沢山の意志が集まって、その結果としてあなたの意志が選択されているのです。
それらの意志は全てあなたの意志です。
だから、体調やその日の気分によっても選択は変わってしまうのです。
朝、奥さんや旦那さんと喧嘩しただけで、意志の選択なんて簡単に変わってしまうのもそのせいです。
だから、冷静な決断を下す必要があるときはストレスを低減しておく必要があります。
と言っても、人間にとっては何とも難しいことですけどね。
結論だけ出しておきましょう。
「株式投資では人間はAIに勝てません」
将棋では、やはり人間はAIには勝てませんが、人間同士の将棋の方が面白い、つまり価値がある。
「将棋においては、人間はAIに優っている」と言えます。
これは投資とゲームの最終的な目的が異なるからです。
つまり投資は儲けること。
でもゲームは面白いことだからです。
そして、あなたはとは何なのか?
あなたは、あなたの脳と身体で構成された複雑な生き物であって、あなたの心とはあなたの身体全体による合議体のようなものです。
だから、ほんの些細なことで行動が変わってしまうのです。
よく犯罪を犯した人が魔がさしたというのもそのせいです。
あなただって、いつそうなるか分かりません。
自分の心をあまり過信しない方がいいと思いますよ。
あなたの意志はあなた一人(?)で決められないのですから。
「そして、人間の意志ってのは、常識的に思いがちなひとつの存在、これだと決断を下すなにかひとつの塊、要するにタマシイとかその類似物じゃなく、そうやって侃々諤々の論争を繰り広げている全体、プロセス、つまり会議そのものを指すんだ。意志ってのは、ひとつのまとまった存在じゃなく、多くの欲求がわめいている状態なんだ。人間ってのは、自分が本来はバラバラな断片の集まりだってことをすかっと忘却して、「わたし」だなんてあたかもひとつの個体であるかのように言い張っている。おめでたい生き物なのさ」
これは夭逝の作家、伊藤計劃の名作『ハーモニー』の中の一節です。
人間の意志というものの本質を良く表しています。
わたしは仕事の関係でAI(人工知能)と人間の思考の違いについて大きな関心を持っています。
そして、それを具体的に気づかされるのが仕事で接することが多い株式取引と趣味の将棋です。
株と将棋じゃあまり接点がないようですが、そうでもありません。
なぜこの二つかと言うと、株式市場とプロ将棋の現場には日常的にAIやコンピュータソフトが大きく関わっており既になくてはならない存在だからです。
また、それを日常的に観察できる仕組みがわたしたちに提供されているからです。
まず、株式市場を見てみましょう。
世界の株式市場は既にAIによる取引が席巻しており、市場が乱高下を繰り返すのはそのためです。
AIによって売買の判断は微妙に異なりますが、当然似たような判断になります。
その結果、同じ方向に一斉に売買が行われることになり株価は大きく動くことになります。
人間の売買の判断はそう簡単にはいきません。
簡単というのは取引の結果ではなく、決定を下すのが簡単ではないという意味です。
経済学には心理学的に観察された事実を数学モデルに取り入れる「行動経済学」という分野があります。
その行動経済学の代表的な理論として「プロスペクト理論」が良く知られています。
1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱しました。
カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
このプロスペクト理論の元になった実験がとても面白いので紹介しておきます。
この実験は「一つだけの質問による心理学(psychology of single questions)」と呼ばれる有名なものです。
質問は二つの選択肢があり人はどちらを選ぶかという簡単なものです。
1.コインを投げ、表が出たら200万円がもらえる。裏が出たら何ももらえない。
2.100万円が無条件で手に入る。
この質問の回答は、圧倒的に2を選ぶ人が多いのです。
まあ、そうでしょうね。わたしだってそうします。
ただ、これが1万円の設定なら変わりますけどね。
ところが、この質問に、あなたが今200万円の負債を抱えているという条件を与えた場合、ほとんどの人が1を選択するという結果が得られています。
この二つの質問における数学的な期待値は同じです。
でも人間の選択は片寄ってしまいます。
これはなぜでしょう。
プロスペクト理論では「損失回避性」という用語で説明しています。
簡単に言うと「人は得することよりも、優先的に損失を回避しようとする」ということです。
これは確かに理解できますね。
誰だって損するのは嫌ですからね。
実はこれこそが株式投資で人間が絶対にAIに勝てない理由の一つです。
人間は持ち株が上がったとき利益確定を急ぎます。
まあ、売らなきゃ儲けが確定できませんからね。
でも、持ち株が下がったときはどうでしょう。
なかなか人間は損切り(ロスカット)できません。
損失が確定してしまいますからね。
「きっと直ぐに戻すに違いない」とか「また、上がるまで待とう」とか考えてしまいます。
AIは違います。
AIは売買の履歴には関心がありません。
常に現状だけを考えて、この後、上がる可能性が高いか、下がる可能性が高いかしか考えません。
だから冷静というか冷徹な売買ができます。
でも、これは人間には無理です。
人間の心は歴史と思い出でできています。
だから人間の心からは買ったときの価格が離れません。
せめて買った価格まで戻すのを待とうなんて考えてしまうのです。
人間はできる限り負けを認めたくないのです。
それがさらなる負けを呼ぶことを薄々と気づきながらもね。
だから、わたしは特に高齢者の株取引はお勧めしません。
次に将棋を見てみましょう。
AIと人間の思考を考える場として将棋に注目しているのは、
ネットによるプロ将棋の放映で、コンピュータによる「評価点」が表示されるからです。
以前ではプロ棋士による解説だけが局面の形勢判断のための頼りでした。
でも、今では局面の形勢判断はこの評価点により分かります。
自分のPCで局面をソフトに打ち込みながら将棋番組を観ていると良く理解できます。
(AIの発展に貢献した人間とロボットの将棋、今ではもう意味がありません)
そして、解説のプロ棋士とAIの判断が異なることも良くあることです。
稀にですが、人間には理解不能な評価点が示されることもあります。
AIがどう判断しているのか、評価点の判断根拠は人間に分からないので理解不能です。
重要なことは、評価点とは次にAIが推奨する手が指されたときの評点です。
だから、それと異なる手が指されたときは評価点が変わります。
そして人間は、例え天才と言われるプロ棋士でもAIの推奨手ばかりを指すことは不可能です。
ここが人間の面白いところです。
先ほどの損失回避性がものをいうのです。
将棋の解説には、
「打った駒の顔が立った」とか「打ったからには行くしかない」とかいう言葉がよく出ます。
これは、以前に指した手との一貫性が求められているわけです。
実に人間的な思考です。
AIは現局面だけを見て次の指し手を考えますが、人間は指し手を一連の流れとして捉えるのです。
もちろん、AIも将来の指し手は何手も考えています。
ただそのとき、過去は一切考慮しません。
人間は違います。
どうしても過去の束縛から逃れることはできないのです。
だから「たとえ負けてもこの一手」などという言葉が成立するのです。
将棋ファンなら誰でも理解できることです。
本当は負けちゃダメなんですけどね。
昨年で終わりましたが、コンピュータ将棋同士の対戦で「電王戦」というものがありました。
はっきり言って、見ていて面白いと感じたことはありません。
互いに負けない手ばかりを指すからです。
それは全く呆れるほどの泥仕合になり何百手も差し手が続くことが普通です。
強いということと、面白いということが全く別物だということが良く理解できます。
人間には美学があり、自分が間違っていたことを、できる限り認めたくないのです。
変な例を挙げますが、
結婚詐欺に遭った方のことを、周りで「なんであんな嘘が分からなかったの」と揶揄する場合があります。
でもね。
人は沢山貸してしまったお金を諦めたくないのです。
だって嘘だと認めてしまったら損失が確定してしまいます。
だから、何となく疑いが生じても、それを無理にでも打ち消して、嘘でないと信じたいのです。
そして、さらに貸してしまう。
つまり、詐欺師は人間の持つ損失回避性を狡猾に利用しているのです。
わたしたちは自分の心は一つで常に自分自身の意志で決定を下していると思っています。
でも、それは大きな間違いです。
わたしたちの心や体は複雑なものです。
そして全く解明されていません。
ただ、何となく分かっているのは、沢山の意志の議論の結果としてあなたの意志が決まっているということです。
あなたは一人ではないのです。(表現が変だけど・・・)
マンガの中で、悪魔や天使が心の中で戦い合う場面が描かれることがありますよね。
まさにそんな感じです。
沢山の意志が集まって、その結果としてあなたの意志が選択されているのです。
それらの意志は全てあなたの意志です。
だから、体調やその日の気分によっても選択は変わってしまうのです。
朝、奥さんや旦那さんと喧嘩しただけで、意志の選択なんて簡単に変わってしまうのもそのせいです。
だから、冷静な決断を下す必要があるときはストレスを低減しておく必要があります。
と言っても、人間にとっては何とも難しいことですけどね。
結論だけ出しておきましょう。
「株式投資では人間はAIに勝てません」
将棋では、やはり人間はAIには勝てませんが、人間同士の将棋の方が面白い、つまり価値がある。
「将棋においては、人間はAIに優っている」と言えます。
これは投資とゲームの最終的な目的が異なるからです。
つまり投資は儲けること。
でもゲームは面白いことだからです。
そして、あなたはとは何なのか?
あなたは、あなたの脳と身体で構成された複雑な生き物であって、あなたの心とはあなたの身体全体による合議体のようなものです。
だから、ほんの些細なことで行動が変わってしまうのです。
よく犯罪を犯した人が魔がさしたというのもそのせいです。
あなただって、いつそうなるか分かりません。
自分の心をあまり過信しない方がいいと思いますよ。
あなたの意志はあなた一人(?)で決められないのですから。
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